2024年1月23日 17:00

危機管理を考える【11】 あなたがもし、休日の夜間、準備が整わぬまま「数時間後に緊急記者会見せよ」といわれたら・・・

日航機と海上保安庁機の衝突事故(羽田空港)の事例を参考に

2024年の正月早々に羽田空港で日航機と海上保安庁機との衝突事故が発生した。業種の違いこそあれ、企業・団体の広報担当者のあなたが、こうした対応を迫られる可能性はゼロではないだろう。それだけに、もしも、自身がこのような重大事故に際して、広報担当の任におかれた場合、どのような対応が必要だろうか…

PR総研 主任研究員
危機管理コンサルティンググループ長
磯貝聡
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はじめに

2024年の正月早々の夜間に発生した、羽田空港滑走路における日航機と海上保安庁機との衝突事故は、その直前に発生した能登半島での大地震という大災害後の日本国民のショックに追い打ちをかける、極めて衝撃的なものとなった。

いうまでもなく、航空機事故は国を揺るがす大事件であり、当事者組織(航空会社・官庁等)にとっては自分事として適切に処理しなければならない大問題である。

いずれにせよ、事の性質上、速やかに(具体的には数時間以内に)、とにもかくにも緊急記者会見を開かなければ、国民の知る権利を背負うマスコミがおさまるはずもない。

とはいえ、時は夜である。

事故直後だけに原因もまったく分からず、仮にそれらしい情報があったとしても現時点では、今後の調査があることを踏まえ憶測で情報発信することはできない。

無論、断片的な情報は随時、上がってくるものの、これらをどこまで開示して良いのかという判断は極めて難しく、大きなリスクを伴う。さりとて、何らの情報なし、として紋切り型の会見スタンスを押し通すこともまた危険である。

業種の違いこそあれ、企業・団体の広報担当者のあなたが、こうした対応を迫られる可能性はゼロではないだろう。それだけに、もしも、自身がこのような重大事故に際して、広報担当の任におかれた場合、どのような対応が必要だろうかと想像を巡らせてみるのは有益なことだろう。

 

本コラムを通して伝えたいこと

・事故直後で「事前準備ほぼゼロ」状態での緊急記者会見を開くこととなったら
・会見者にレクチャーする3つのポイント
  ①キーメッセージを明確にする
  ②言えることと言えないことの線引き
  ③言えないことはその理由を述べる

 

 

1.事故直後で「事前準備ほぼゼロ」状態での緊急記者会見を開くこととなったら

事故発生直後で、その事故自体の対応の最中に記者会見を開かなければならない時、当事者組織(企業・官庁等)の広報担当者は、会見者に何を伝えなければならないのか。また、また会見者自身は何に留意すべきか。

 

会見予定者が日常的に報道対応することに慣れており、重大事故を想定したメディア・トレーニングを経験していたとしても、長い会社員人生で一生に一度起こるかどうか、もしくは会社の歴史の中でも未曽有の大規模事故が発生した場合の対応となれば事情は違って来よう。

程度の大小はあるにせよ、誰でも少なからず狼狽・当惑し、何を、どのようなスタンスで話すべきかについて、判断に迷うのが普通である。これは当然のことであり、この点においては、いかなる者も責められるべきではなかろう。

 

とはいえ、いつまでも狼狽している暇はない。まずは、会見時の基本スタンスについて、例えば次のような事項について、迅速かつ適切な判断が求められる。

(1)自社が起こした事故ゆえに、何をおいてもまずは謝る(謝罪する)べきなのか

(2)被害者と同じ立ち位置で「一人の人間」として感情を出し悲しむべきなのか

(3)監督官庁や行政から「現段階では原因について言及するな」と言われていても、ゼロ回答ではメディアの怒りや憶測を呼んでしまい、かえって得策ではないかもしれないが、それでもそうするか

 

 

2.実際の事例から(羽田空港 航空機衝突事故の概要)

改めて本件事案を簡単にまとめれば、2024年1月2日午後5時50分ごろ、羽田空港で日本航空機と海上保安庁の航空機が衝突し、日航機が炎上。日航機側の乗客・乗員は全員、脱出し死者や重篤なけが人は出なかった一方、海保機の搭乗員のうち5名が亡くなった。

国土交通省内で同省幹部(航空局長)と海保幹部(次長)が会見した後、同日午後10時40分から日本航空の幹部らが会見を開いた。

官庁側は当然ながら「事故原因に関することは運輸安全委員会の調査を待つため一切いえない」とのスタンスで、「事故の経緯も話せない」旨の会見内容であった。

これを受け、数々の制約の下で日本航空は、官庁側とは別個に自社の会見を開くこととなったのである。

 

会見までの時系列は以下の通りである。

2024年1月2日 
17時50分頃

羽田空港上で事故発生
同日 21時頃
※事故発生から約3時間後
国土交通省及び海上保安庁幹部が国土交通省内で記者会見
同日 22時40分頃
※事故発生から約5時間後
JAL 幹部らが国土交通省内で記者会見
※場所は官庁側会見と同じ会議室。

 

 

3.会見者にレクチャーする3つのポイント

ここでは、十分な準備など到底不可能な状況下での緊急会見で、広報担当が事前に会見者にレクチャーすべきと思われることを本会見に照らして3つ挙げる。

なお、会見の成否についての評価を先に述べれば、「言えないことが多い会見にも関わらず、JALの会見は失言や言い過ぎなどもなく、適切なコミュニケーションを図ることができた」と筆者は考えている。

 

(1)キーメッセージ
事故を受け、会見を通じ「誰に対し、何を伝えるか」を明確にして臨む。

(2)言えること、言えないことの線引き
客観的事実は適切に情報開示し、原因については発言しない。
ただし、事故原因の解明に関連する詳細な事実についての言及は避ける。

(3)言えないことはその理由を述べる

上記3点について、企業側が開いた会見における実際の一問一答を引用して検討してみたい。

 

 

4.キーメッセージを明確にする

JAL役員の発言要旨は以下の通りであった。

===

日本航空 常務執行役員 広報担当

お客さまと関係者の皆様に大変なご迷惑をおかけしたことをおわび申し上げる。海上保安庁の機内にいた方のご冥福をお祈りするとともに、ご遺族にはお悔やみ申し上げる

===

 

この発言のキーメッセージは、「お詫び」および「死者への哀悼と遺族へのお悔やみ」であるが、その含意を探れば次の通りとなる。

 重大事故等の当事者企業としてキーメッセージを検討する際の要諦は、「情と理」(人間感情と事実関係・法的側面・企業経営上の合理的判断)のバランスにおいて、「理」を重視しつつも、「情」にも一定のウェイトを置き、決して軽視しないことである。

 

(1)責任の所在に関わらずお詫びの言葉を明確にする

JAL役員は、会見冒頭のステートメントで、明確に乗客へお詫びを述べた。

その背景には、会見時点で自社に非があるのか、相手(海保機)側に非があるのか、といった責任の軽重に関わらず、「一度は死を覚悟した乗客たち」が存在するからであり、彼らをそうした脅威に晒した事実は変わらない。

その視点に立てば、何をおいても明確な「お詫び」の言葉を発することは欠かせない。

 

(2)自社に責任はないと断言しない

仮に、本事案は明らかに相手側(海保機)に事故原因と責任が帰するとわかっている場合でも、(このようなスタンスに立たないとは思われるが)会社側は「お詫び」に徹するべきである。

なぜならば、言うまでもなく、航空事業者の使命は、「安心・安全に乗客を輸送する」ことであり、それを「完遂できなかった」事実は動かし難いからである。

したがって、「当社パイロットの判断に瑕疵はなく、相手(海保機)側の判断ミスの可能性がある」というキーメッセージは適切でないばかりか、経営リスクに直結しかねない問題発言となる。

無論、リーガル・セクション(法務)的な視点からみると、初期段階で自社が大なり小なり「非を認めること」は法的リスクを惹起しかねないため避けるべきとの慎重論が出ることは容易に想定できる。

しかしながら、日本企業が日本において、日本人を主たる対象に行う会見においては、「お詫び」なしに会見を押し通すことは暴挙であり、「情」に欠ける対応はかえって大きな危険を伴うことは留意しておくべきであろう。

繰り返しになるが、「一度は死を覚悟した」乗客にとって、責任の所在や原因に対する言及は、命からがら脱出してきた直後ではあまり意味がない。彼らは、事故直後の会見というタイミングでは責任が誰に帰するかなどの情報は聞きたくないので、そのような「理」を優先する企業姿勢は反感を買う以上の効果を生まないのである。

 

(3)亡くなられた方への配慮ある言葉

言うまでもないが、会社を代表しての発言や事実開示の説明以前に、メディアの向こう側にいるステークホルダー(国民、視聴者、読者等)は、失われた人命、被害者らに対する、「人間的かつ常識的な配慮、すなわち『情』を伴った発言」を必ず求めるものである。

この点において、相応の配慮を欠く言説は、それが仮に完全に正確であったとしても共感を得ることが難しくなることは肝に銘じておかねばならない。

 

 

5.言えることと言えないことの線引き

JALは、事故状況について記録や確認できたことについては、記者会見において情報開示を行った。

もっとも、事故原因の解明に関連する詳細な事実についての言及はこの段階では避け、運輸安全委員会への調査に協力することを述べた。これは適切なメディア対応と言える。

 

メディアとしても、会見者が原因や事故時の状況が言いづらい状況なのは承知の上で質問している。

とはいえ、メディアも独自に掴んだ情報や興味で質問を行うため、メディア側の推量にいちいち狼狽したり当惑したりすることがないよう、会見者は「肚を括っておく」ことが求められる。

当該会見において、会見者は、下記の一問一答のやり取りのように、記録や確認できたことだけを述べ、それを踏まえ会社としての事故時の認識を述べるにとどめたことは適切であった。

仮に、これらへの言及が一切無く、事実上の「ゼロ回答」であった場合は、メディアの論調としても「事故を起こしたのになぜ何も言えないのか?」、「記録すら確認しないのか?」という追及モードにならざるを得ず、会見者が集中砲火を浴びるリスクも皆無ではなかった。

 

いずれにせよ、注意すべきは、会見者が詳細な事故状況を語り過ぎると、事故原因調査に関連するゾーンに踏み込んでしまう危険性があることである。

当該調査を行うのは、会見者でもメディアでもなく、運輸安全委員会であり、この独立行政委員会の領域に当事者企業が踏み入ることは避けるべきである。

それゆえ、ある程度の事故時の概要は説明したうえで、あとは「運輸安全委員会に全面的に協力する」というメッセージにブリッジした回答方針は適切であり、「当社が言えるのはここまで」と明確に線引きをする重要性を踏まえた対応であったと評価できよう。

 

以下は実際の会見における実際のやり取りである(日本経済新聞からの引用)。

===

衝突時の詳しい状況や乗員からの報告について。

広報担当の青木紀将常務執行役員「滑走路上で衝突したという認識だ。詳細は確認中だが、当社の記録だと午後5時46分の着陸時とほぼ同時刻に発生したと捉えている。着陸許可など航空管制との通信状況については、事故の根幹に関わるため確認を進めている。現時点で着陸許可は出ていたと認識している」

 

運航管理担当の堤正行取締役常務執行役員「乗員には聞き取り調査中だ。滑走路には通常通り進入し、通常通りの着陸操作を開始したところ、機体に衝撃があり、事故に至ったところまで確認している。(着陸時に)機体のタイヤは出ていた」

 

堤正行取締役常務執行役員「事故認定後は(国土交通省の)運輸安全委員会の調査に全面的に協力していく。フライト前の整備状況や、乗員と乗客の体調確認など当社としてできることに対応していく」

===

羽田衝突事故「経営影響、詳細を確認」 JAL会見要旨:日本経済新聞

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC022LS0S4A100C2000000/

 

6.言えないことはその理由を述べる

会見者は、事前に言えることと言えないことの峻別をし、言えないことは「言えない」と明言するのが危機管理上の鉄則である。

とはいえ、こうした記者会見の場で、この方針通りに「言えません」とだけ連呼すると、記者から反発を受けるので注意が必要だ。

 

日本航空の会見に先立ち、国土交通省と同省の外局である海上保安庁が、共同で記者会見を実施した。

下記報道にもあるように、国土交通省の平岡航空局長が、「基本的には原因究明をしなければならないから、何も言えない」といったスタンス(キーメッセージ)が際立つ会見となった。

 

===

報道陣から管制とのやりとりについて何度も質問が出されましたが、平岡局長は「JALからは事故原因についての証言や報告は、現段階ではまだ受けていないという段階だと思う」と述べた上で、「非常に重大なことなので軽々に発言できない。いずれにしても、非常に大きな事故だと受け止めているので、私どもなりに原因究明にはしっかり協力をしていきたい」と述べるにとどまりました

===

引用 NHK  【詳細】空港事故 国交省 海保 会見「運輸安全委員会が調査」

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240102/k10014307361000.html

 

さらに下記のように、原因以外の事故状況や事故までの経過について問われた際に回答を控えた。

===

航空局長

「C滑走路に南側からJAL機が着陸しようとしていた。着陸をしている際に滑走路上に海上保安庁の機体があり、そのまま衝突をしたということだ。どういう形で衝突をしたかという点について、詳細はまだ確認できていない。その後、JALの機体についてはC滑走路のさらに北のところまでいって停止をしたということで、停止後炎上したということまでは確認はできている。横からなのか後ろからなのか、まだ確認できていない

「乗客無事と報告 管制とのやり取りは確認中

===

引用 NHK  【詳細】空港事故 国交省 海保 会見「運輸安全委員会が調査」

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240102/k10014307361000.html

 

 

この会見は、事故の数時間後での開催というタイミングであり、平岡航空局長の下に情報が入っていない可能性があることに加え、どこまで事故時の状況を開示すべきかという判断も担当官庁として確立していない状況であった可能性が高い。

いずれにしても会見全体を通して、情報量が少ないうえに、確実性の担保が乏しいため、「情報開示しない」、「言及しない」という「守りの姿勢」を強く印象付ける会見となった。

こうした会見になることはやむを得ない面があることは記者たちも理解しているはずであったが、ネットで配信された生中継動画からは記者たちの苛立ちに似た感情も読み取れた。

なおこの際、会見者の平岡局長が、記者の質問に対し時折、「笑顔に近い表情」を見せる場面が散見され、一時的にネット上で「5人の公務員が犠牲となっているなか、不謹慎ではないか」との批判が飛び交った経緯がある。

不祥事案に係る会見者は、たとえ一瞬の気の緩みから出た表情であっても、即座にズームアップされた画像が拡散し、会見の効果を台無しにしかねない大きな批判に晒されるリスクと背中合わせである。油断は許されない。

 

 

7.最後に

上記の官庁会見に対する評価は、本稿の主眼ではないため詳述は避けるが、こうした会見に臨むにあたってのポイントだけを列記すれば以下の通りである。

 

(1)組織として非開示と決めたことは「原因については言えない」でも良い
(2)不明な点について、「確認中」とする回答は問題ない
(3)官庁会見といえども、事故の犠牲者に対する心からの哀悼の表明など、「情」の発露は欠かせない
 

官庁会見においては、どうしても行政活動の性質上、「情と理」のバランスにおいては「理」が勝る対応となりがちであり、それは公的組織のやむを得ない特性であることは記者側も了解済みである。

とはいえ、「事実上のゼロ回答」を貫かざるを得ない場合においては、「〜という理由で言えませんのでメディアの皆様どうかご理解ください」といったフレーズの活用や、例えば今後開催される運輸安全委員会のスケジュールなどの関連情報を丁寧に説明するといった、「国民の知る権利に寄り添う」姿勢は求められるだろう。

詳細なQAを準備できない会見を急きょ開かなければいけなくなった際には、短時間であっても上記3点を踏まえて会見に臨む必要があろう。

 

以上

 

文中の意見にわたる部分は、筆者の個人的見解であり、所属組織等を代表するものではない。

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