2023年12月4日 17:40

危機管理を考える【10】クライシス・マネジメントのスタートは「ポジションペーパー」の作成から

不祥事の内容について、社内で正確に共有されず担当者レベルで情報が滞留すると、経営トップによる判断が遅延しメディア対応が後手に回る。 こうした事例は特段珍しいものではなく、「不祥事が発生したら、事実経過などを整理したポジションペーパーを作成して関係者で共有する重要性」はいくら強調してもしすぎることはない。

PR総研 主任研究員
危機管理コンサルティンググループ長
磯貝聡
【PR総研概要はこちら】

 

 

リスクが顕在化し、クライシスとなって組織を揺るがす事態、すなわち「不祥事」が起きた時、社内で把握される情報に食い違いが発生することに起因する混乱は珍しいことではない。しかも単なる混乱だけで済むことは滅多になく、当該不祥事の内容について、社内の対策本部で情報が正確に共有されず担当者段階で情報が滞留すると当然、部門長や経営トップによる判断が遅延しメディア対応が後手に回るために緊急会見等でマスコミの集中砲火を浴びることとなり、結果的にブランドが失墜する事態に陥る可能性が高い。

こうした事例は特段珍しいものではなく、「不祥事が発生したら、事実経過などを整理したポジションペーパーを作成して関係者で共有する重要性」はいくら強調してもしすぎることはない。

そこで本稿では、ポジションペーパーによる危機発生初期段階における情報共有について述べることとする。

 

1.ポジションペーパーなくしてクライシス対応なし

危機管理コンサルティング業務において、筆者のようなコンサルタントが受任後にクライアント側(不祥事の原因企業)に最初に投げかける質問は、「ポジションペーパーが作成済か否か」である。

答えがイエスであれば、それに即した対応へと具体的に動きを進めることができるが、ノー(ポジションペーパー未作成)の場合には、「事案の発生から現在までの事実経過を整理した資料の存否」を確認する必要があり、その回答によってさらに臨機応変に対応を変えなければならない。つまり、ポジションペーパーができていないと、初動段階で対応すべき事柄がどんどん増えていき、非常事態下にも拘らず、その分だけ対応に時間と労力を要することとなり、良いことはひとつもないのである。

 

幸いなことに、最近では企業の危機管理マインド(当事者意識)の高まりもあって、当方からクライアントに尋ねるまでもなく、「既に当社で作成済のポジションペーパーがあるので、それを読んで頂いたうえで、内容が適切であれば次のアクション(メディア対応やIR、対監督官庁説明等)についての見解がほしい」といった回答が増えていると感じる(体感では2社に1社程度の割合)。

無論、ポジションペーパーを作成できている企業・団体ほど、広報を含む担当者レベル、セクション(組織)長レベル、経営(トップ)レベルの三階層で適切に自らの置かれている状況を整理・把握されており、問題解決に向けた各種の検討作業やその後のメディア対応等がスムーズに運びやすいのは事実である。

 

他方で、ポジションペーパーを作成していないケースにおいては、「今から行われる社内会議に出席して事実経過記録やポジションペーパー化してほしい」とか、「(人手不足から)ポジションペーパーを(PR会社として)外注して作成してほしい」、「事実経過を整理して、私(広報担当者)の代わりに私の上司(役員)に説明してほしい」等、当事者としての認識の欠如が疑われる依頼を求められることも皆無ではなく、ポジションペーパー以前のごく初期段階の危機対応プロセスに係る初歩的依頼も少なくない。重大な危機を引き起こす企業・団体に限ってこうした残念なスタンスをとるケースが多いもので、クライシス・マネジメントの実態なのかもしれない。
当研究所では、いかなるケースにも丁寧に対応する用意を整えてはいるものの、不祥事案の原因企業自体の当事者意識の欠如は深刻な事態であり、脱力感を覚えることもしばしばである。

 

これまでに述べたようにポジションペーパー未作成(にわかには信じ難いが敢えて組織内で「作ろうとしない」ケースも散見)の場合、対外(メディア、投資家、監督官庁、顧客および世間一般)対応の前提となる事実関係の把握は曖昧なものとなる。それゆえ組織全体としてのスタンスも定まらない中でメディアの取材攻勢を受けても「場当たり的」対応に終始せざるを得ず、それ自体が重大な「次なるリスク」に繋がる可能性も否定できない。

結果的に報道で取り沙汰される期間は長期化しがちとなり、統一性のないメディア対応に起因する回答内容のバラツキが様々なステークホルダーからの不信感を招くことにより、ブランド価値の重大な棄損は不可避となってしまう。

 

2.ポジションペーパーの作成手法

上記を踏まえて、以下では、一般的なポジションペーパーの作成手法の概要を紹介する。

※実際に危機対応の必要性が生じ、ポジションペーパーの「内容」や「チェック」等をお求めの場合は、弊社にお問い合わせください。

 

(1)見解書(ポジションペーパー)とは

事実関係の経緯、詳細な事実、対応方針などを整理した内部資料であり、組織内で確認のとれていない未確認情報も含めて細かくリストアップしたもの(日時の経過とともに事実関係が明らかになるにつれ、バーションアップ[更新]を図り最新の情報を共有可能とする環境が必要)。

 

(2)目的

社内はもとより、あらゆる関係者、第三者(マスコミおよびその先にいる視聴者・読者・消費者・国民・世間)に事実関係を説明する際の大本になる情報をまとめておくことにより、何者に対しても、統一的な情報・見解を提示することを可能にするために作成する。係争案件などでは、相手側からの一方的な主張に対抗するために作成することもある。

 

(3)記載項目

様々な項目があるが、その中で特に重要な点である3点を下記にて解説する。

  • ①事実経過

事案の発生から、現在までの経過を時系列で箇条書きにする。

事案の対応が1か月以上と長期化してくると、過去の出来事(対応、事案の推移)を次第に忘れてしまい、対応の一貫性の欠如や説明内容の矛盾が生ずるのを防ぐため、時系列で記録をとる(変化の記録を残す)ことが重要。

例:

2023年  
●月1日(月) 16時5分  ●●事業所で●●事案発生
●月2日(火) 10時00分 ・・・という対応を実施
●月2日(火) 13時00分 現在も事案進行中

  ※上記のような時系列をエクセルなどでもいいので、箇条書きで残すことが重要。

 

  • ②各部署の対応

社内各部署のこれまでに取った対応と、今後とらなければならない対応を整理して記載する。

例:

 

現在までの対応

今後の対応

総務

 

 

法務

 

 

経営企画

 

 

広報

 

 

・・・

 

 

 

 

  • ③当社の見解

当社の見解は極めて重要である。メディアなど各ステークホルダーから、事案について回答を求められた際に、組織としての統一的な見解を、トップから現場の一従業員まで、矛盾なく均一に伝えることを可能とするために作成する。

当然、役員・幹部間で見解の相違があってはならないし、異なる役員・幹部が不統一な見解を対外公表してはならない。矛盾や混乱した情報発信は、「そもそも危機対応能力なし」、「社内で紛争が起きている」、「情報の意思統一ができない組織」等の致命的なネガティブ報道を誘発する。

 

(4)作成にあたっての留意点

まず第1に、事実関係に基づく客観的かつ正確な情報で構成されることが最重要である。したがって、推測や未確認情報を記載する場合はその旨を明示しておかないと、「事実」と「推定」が混合することで信頼を喪失するリスクが高まる。

また、社会常識、感性、通念に沿った表現であることは当然として、出来る限り分かりやすい表現で記載することが重要(トップから現場のアルバイトまで、誰が読んでも正確に事実を把握できることが求められる)。特にポジションペーパーをもとに外部の関係者に説明する際に、この「わかりやすい表現」が重要となる。

なお、ポジションペーパーはあくまで内部資料であるから、開示可能な部分と非開示部分を明確に峻別しておかなければならない(ネガティブリストを明確に)。

 

 

3.組織内での運用の仕方

ポジションペーパーを取りまとめる際には、まず社内で広報や事案発生部門など、責任もって更新を行う担当者・部署を決める。

会社を横断するような重大な危機事案ほど、各部署の情報連携が必要となるため、各部署の情報を吸い上げて、ポジションペーパーに落とし込む仕組みづくりが極めて重要である。

作成したポジションペーパーは、社内の対策本部メンバー(事態の対応を行うための組織体。トップが対策本部長となり、役員や各セクションの責任者がメンバーとなることが一般的)の中で、事案の進行中は随時、情報を共有する。メンバーにより情報が共有されている者といない者が存在する、といった事態は絶対に避けねばならない。

何かアクションを起こす際には、必ず「最新化されたポジションペーパーに立ち戻る」ことが大原則。対外的に情報開示する際には、このポジションペーパーの記載内容をもとに、リリースなどを作成する。当然ながら会社として「対外的に情報開示可」と判断した内容だけを情報開示することになる。

さらには、危機時の広報対応では、ネガティブリスト(開示不可の項目)を明確化し、それ以外は事実に基づいて原則開示とするという線引きが重要となる(開示文書の例:「ニュースリリース」、HP掲載の「お知らせ」、取引先へ事案の「ご説明」、行政への「報告書」等)。

  • ネガティブリストについては稿を改める。

 

4.まとめ

以上のように、危機発生時には組織が一枚岩となって対応とその情報発信を行うことが早期の問題解決へと繋がるだけに、組織内で情報の偏在をなくしトップから担当者までが同内容の情報を共有することが重要であり、これが組織の持続可能性を左右するといっても過言ではない。

以上から、最も重要な初動は、組織内で危機発生の第一報を受けたら、「広報担当者が自ら当事者意識をもって情報集約にあたり、(可能な限り)社外にポジションペーパー作成を任せることなく、ポジションペーパーの初稿を書き上げる」ことが重要である。いつか到来する危機に、広報担当・危機管理担当はあらかじめ準備してはいかがだろうか。

 

  • 文中の意見にわたる部分は、筆者の個人的見解であり、所属組織等を代表するものではない。

 

以上

次の記事
危機管理を考える【11】 あなたがもし、休日の夜間、準備が整わぬまま「数時間後に緊急記者会見せよ」といわれたら・・・

前の記事
危機管理を考える【9】 謝罪会見での「指名NG記者リスト」