2024年1月26日 10:00

危機管理を考える【12】 企業トップは自社の「過去の危機事案」をビジネス資産化せよ

失敗は記録して教訓となし、これを継承・発展させることで価値を持つ

「不幸な出来事」は忘れたい。しかし、トップ及び危機管理担当役員は、率先して自社の不祥事・失敗を社内共有し、問題の改善と再発防止に向けた不断の取り組みを実践することが、持続可能な企業活動をめざす上で欠かすことのできない行動であるが…

PR総研 主任研究員
共同ピーアール株式会社 危機管理コンサルティンググループ長
磯貝聡
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はじめに

本稿は、危機管理コンサルタントである筆者が、クライアント企業の不祥事に対応した後、事案がいったん収束した段階において、当該不祥事案を同社の貴重な教訓、すなわち経営資産としていかに将来的に活用を図るか、その方策を検討する際の基本となる考え方を提示するものである。

 

本コラムを通して伝えたいこと

1.「不幸な出来事」は忘れたい

2.不祥事案を将来に活かす取り組みの手順

3.検証成果を踏まえたマニュアル化(トレーニングなどで定期的見直し)

 

 

1.「不幸な出来事」は忘れたい

企業経営において、成功体験は広まりやすいが、逆に不祥事は社内でタブー視されがちであるため、過去の不幸な出来事は、「負の遺産」として、時間の経過と共に忘れ去られる(ことが推奨されがちな)宿命にある。

皮肉なことに、忘れられた頃に、過去の事案に似た不祥事が形を変えて再発するというケースも少なくない。

事実、筆者も危機管理コンサルタントとして幾度となくこうした現場をみてきたところである。

このことを踏まえ、企業トップ及び危機管理担当役員は、率先して自社の不祥事・失敗を社内共有し、問題の改善と再発防止に向けた不断の取り組みを実践することが、持続可能な企業活動をめざす上で欠かすことのできない行動であるといえる。

しかしながら、現実には、過去の不幸な事実にはやはり誰しも目を背けたいもので、こうした「過去の失敗を活かすプロセス」が定着している組織は必ずしも多いとは言えないであろう。

 例えば航空産業では、死者を出すような重大事故を発生させた場合、当該エアラインにおいては事故機の保存はもとより、これを活用した安全教育の徹底を図ることが当然の取り組みとされている。

直近では2024年1月2日に起きた日航機と海保機との衝突炎上事故でも、海保機側に5名の犠牲者を出した重大性に鑑み、日航は安全マインドを社内に醸成すべく事故機を保存し、社内教育に活用すると表明した。

 

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JAL、炎上機体一部保存へ 羽田事故の風化防止へ検討

日本航空が、羽田空港の滑走路で海上保安庁の航空機と衝突して炎上した機体の一部を保存する方向で検討を始めたことが10日、日航関係者への取材で分かった。大事故の記憶を風化させず、空の安全に対する社内の意識を醸成する狙い。

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日経電子版 2024/1/10 20:51

 

 とはいえ、上記の航空会社のような事例は、「多数の人命を危機に晒し、死者も出したうえ、国の重要インフラを滞らせた」という重大事故を受けての「教訓の活用」であり、わが国において大小さまざまある企業不祥事の中では、ごく例外的な、最悪の事案に限定した、特殊な取扱いといえよう。

 本来ならば、こうした極端な大事故・大事件ばかりに限定することなく、一般的に起こりうる多様な不祥事をできるだけ包括的・網羅的に捉えて、再発防止を徹底する仕組みづくりが求められており、その視座に立てば、わが国の主要企業における取り組みも、未だ途半ばといえるかもしれない。

 

 

2.不祥事案を将来に活かす取り組みの手順

では実際のところ、「過去の不祥事」や「危機事案」を将来の教訓として活用するためには、何が求められるのか。

危機管理担当部署、とりわけ広報部門だけでも実施すべきこととしては、大きく分けて下記の4つが挙げられる。

 

(1)不祥事案に係る時系列的な整理

まず取り組むべきことは、(いまさら見返したくはないであろう)自社の不祥事事案を「時系列で整理する」ということである。

その事案の対応の際にポジションペーパーを作成していた場合は、その見直しが必須となる。

万一、ポジションペーパーを作成していなかった場合(それはそれで原因を含め大いなる反省材料としなければならない)には、当時の危機対応実施者が作成した資料等から「時系列的に行動を整理する作業」が必要となる。

その際には、事案が発生もしくは企業として覚知した時を起点に、公開情報(報道記事)と社内情報(社内において誰に何を連絡し、誰がどのように判断したか)とを分け、明確化しなければならない。

 

(2)発表したニュースリリースのレビュー

続いて、当時の広報責任者がリリースの作成・発出を決めたタイミング、決断した契機や背景について、整理したうえで記録に残す必要がある。

例えば、「行政処分を受けて」とか、「特定メディアからの不意な照会を受けて」、あるいは、「会社として自主的に判断」、または「顧客のSNSへの書き込みを端緒に問い合わせが殺到したため」など、公表に係る判断の要因や背景を正しく記録する必要がある。

また、危機発生時のリリースは、社内が混乱している最中に作成・発出されるケースが少なくないため、事後においては、「見出しや用語の付け方は適切だったか」のレビューも重要である。

例えば、仮に品質不正であれば、起きた事案をどのような言葉で表現したか(「偽装、隠蔽」などのように率直に非を認めた表現にしたか、もしくは「誤表示、不適切な検査」と自社の過失を曖昧にした表現の仕方をしたか)が重要なポイントとなる。

これは、その当時の言葉遣いや用語選択の巧拙により、メディア、外部の反響が大きく変わる可能性があったからである。

もっとも、この時点で「どちらがより適切な表現であったか」などと判断するのではなく、リリースのタイトル、使用される用語がなぜ社内的にそうなったかを記録し、将来に向けた建設的な社内討議の材料とするための作業である。

 

(3)メディア対応記録のレビュー

さらには、リリースの公開前後に行った報道対応記録(入電QA記録)見直すことも重要である。

実際に、記者とのQAをレビューしてみると、さまざまな教訓が得られるものである。

例えば、「最も多く寄せられた質問な何か」、「いうべきことが言えず記者を待たせて折り返しすることになった要因は何か」、「執拗に追及された質問は何か」等について、改めて見直す意義は大きい。

もしも十分な回答ができなかった質問があった場合、その理由は、「そもそも情報が確認できていない」というレベルなのか、「情報は入っているものの対策本部などの社内の意思決定プロセスで『公開』という判断に至らなかったもの」なのか、あるいは「そもそも開示の可否の判断がつかず留保したから」なのか、その要因を整理する必要がある。

こうした視点を踏まえつつ、当時のポジションペーパーなどと共に照らし合わせて、なぜ回答できなかったのか、を明確にしておき、将来、また同様のことが起こってしまった際に、「速やかに回答するにはどうすべきか」を社内で検討し、共有することが重要である。

 

(4)報道内容のレビュー

上記のメディア対応後、結果的に「どのような記事を書かれ(てしまっ)た」のか、これが広報としては最も重視しなければならない事後評価上のポイントである。

会社として、対外的に言いたくないことを言わずとも、また記者会見で失言が皆無であっても、「最終的にメディアがどのような評価をする記事を書いたか」こそが重要であり、ステークホルダーや世間に対するインパクト(当然ながら企業業績を左右しうる)は、つまるところ、「メディア経由のアウトプットがどのようなものであったか」に依存するからである。

 

例えば、報道内容のレビューでは下記項目がある。

見出し 見出しは、(当時の広報の対応に対する)批判的な論調か、それともニュートラルか、など。
発言の引用と記事のトーン 記事での評価については、自社が発信した「  」の引用状況はもとより、「記者が地の文でどのようなワーディングをしたか」をチェックする。
対応についての評価 自社のとった対応について、「社会的に適切なものであったか」の評価を検証する。
記事見出し 保存されている記事(紙面)のクリッピングをチェックし、見出しはどのような大きさで、紙面中でどの位置に書かれていたのか(経済部が担当の経済面か、社会部担当の社会面か)などを検証する(紙面自体のデータは、テキストデータとは異なった種類の情報が様々読み取れる)。

 

3.検証成果を踏まえたマニュアル化
 (トレーニングで定期的見直し)

以上4点が、先行して行うべき危機対応事例の「資産化プロセス」の初動部分である。

これらの作業を着実に実施した後、そこから導出された含意を十分な社内議論を経て共有し、さらに将来に備えて「マニュアル化」を行うことが極めて重要となる。

当然ながら、マニュアルは「作成して終わり」ではなく、適切に情報共有を行って部署毎に個々の再発防止策を検討したり、勉強会を開いたり、といった取り組みを通じ、マニュアルに基づくPDCAサイクルの活用を図り、不断の見直しを継続していくことも怠れない。

また将来、不幸にして再度同様のことが発生した際に、トップ以下関係部署が同様の失敗を繰り返さないよう、適切な判断と行動ができるか、全社的な「備え」を構築することも大切である。

例えば1年後、数年後などのインターバルを適宜設定したうえで、社内の危機対策本部を招集し、シミュレーション・ベースのトレーニング(図上演習のようなもの)を行うことや、人事異動により常時入れ替わる経営者や危機管理・広報要員を対象に、本番さながらの「記者会見トレーニング」を実施することは極めて効果的であろう。

 

 

4.おわりに

上記でみてきたように、企業にとって、過去の危機対応に関する情報は、「喉元過ぎれば熱さ忘れる」であってはならない、将来に向け活用すべき貴重な資産である。

残念ながら、企業を取り巻く環境が激しく変化する今日において、危機それ自体の発生をゼロにしようとすることは現実的ではない。

したがって、過去と同様の危機が再度発生した際に、これを最小のコストで抑え込むことができるよう備えることが重要であり、その体制確保と維持こそが企業の持続的成長を支える重要な基盤となることは疑いのない事実である。

失敗は記録して教訓となし、これを継承・発展させることで価値を持つのであるから、自社の次の代に繋げていくために、過去の不祥事は「宝の山」と心得て、それを資産化し、いかに将来に活かすべきかをこの際、熟考してみることをお奨めしたい。

以上

 

文中の意見にわたる部分は、筆者の個人的見解であり、所属組織等を代表するものではない。

 

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