2021年11月25日 12:00

危機管理を考える(2)【突発事象が起きた時】

~まずは、現場に出向くという発想を~

本社広報は、突発事象の発生後、「自分のデスクで待っていても、情報は現場からスピーディーには上がってこない」とみて、予め対策を考えておくのが危機管理の定石である。 実際のところ、情報は常に現場にあり、メディアも事故現場に集まって取材活動を行うのであるから…

PR総研主任研究員

共同ピーアール株式会社セミナーコンサルティング グループ長 磯貝 聡

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情報は待っていても上がってこない

企業・団体本社の広報・スポークスパーソンは、突発事象(事件・事故など)が起きた際、どう動くべきだろうか。

広報や危機管理のプロならば、直ちに
(1)事象を発生させた当該部門(現場)から情報が上がってくるのを待つ。

(2)それを受けてポジションペーパー(事態把握のために作成する情報共有シート)を作成する

(3)メディアから本社に寄せられる電話/メールへの対応を行う。

といった項目を想起するだろう。

当然、上記は全てやらねばならないことである。

しかしながら、受け身の姿勢を貫いていても、現場から情報が上がらないケースも少なくない。

 

そのような場合、現場と本社広報の認識のズレは時間を追って拡大し、ともすれば、メディアが当該企業よりも先行して情報を入手し、公表してしまうケースすらある。そうなると本社広報は、自身の存在意義が問われかねないほど大きなダメージを被るだろう。それゆえ、こうしたことが起こらないよう、本社広報においては予防的かつ迅速な対応が求められるのである。

 

本社広報がイライラしながら現場からの連絡を待っている間、メディアからさっそく取材攻勢が始まり、これが広報担当者の苛立ちを増幅させることになるだろう。

そうなると、この時点では、本社広報からメディアへの回答は「現在確認中です。実態が判明次第ご連絡します」という「答えているようで何も答えていないコメント」(これを「魔法の言葉」と称する人もいる)を連発せざるを得なくなる。

こうした初動の「苦し紛れの行動」がもたらす効果は、その場限りの常套句の連発で一時凌ぎはできるにせよ、企業・団体にとって、後々大きな代償につながりかねない点には留意が必要である。

このような対応を、報道を通じて知った読者・視聴者は、当該企業の情報開示スタンスを「後ろ向き」と捉える可能性が極めて高く、「不誠実な会社」あるいは「危機対応能力の欠如した会社」との印象を大なり小なり与えてしまうこと必定だからである。

また、当該事案が人命に関わる場合や、けが人・要避難者の現出を伴う、近隣住民に迷惑が及ぶ、あるいは広く世間に不利益を被る人が存在する、といったケースでは、単に「後ろ向き」や「不誠実」なイメージ形成どころでは到底済まされない。最悪の場合、そもそも「このような事業を営む資格がそもそもない、危機管理能力なしの会社」という烙印をも捺されかねないのが実情である。

 

突発的な事故が起きたら広報は現場へ

上述からもわかる通り、本社広報は、突発事象の発生後、「自分のデスクで待っていても、情報は現場からスピーディーには上がってこない」とみて、予め対策を考えておくのが危機管理の定石である。

実際のところ、情報は常に現場にあり、メディアも事故現場に集まって取材活動を行うのであるから、よほどの例外(現場に人間が近づけないケースなど)を除いて、本社広報もこれに対応すべきである。

すなわち、本社広報部員は、「事象発生の一方を受けたら、直ちに現場に急行し、自身で現場の取材活動(=情報収集)を行い、メディアに対して情報開示を行う」。これがとるべき初動対応である。

 

上記で述べた危機対応について、以下のような、迅速なオペレーションがなされた可能性が高いとみられる事案を題材に、考えてみたい。

 

本件は、2021年11月に走行中の東京メトロ東西線で起きた「不審者(刃物所持)発生事案」で、事件現場に東京メトロの広報が出向いて取材対応に応じ、現場を取材中のメディアに対し今後の対応策を語ったものである。

 

※以下、ニュースソースのリンク切れにご容赦ください。

 

広報が現場取材対応

東京メトロ広報部課長

「警備強化についてはすでに始めておりますが、さらにそれを周知していくことが必要と考えております」

とコメント

https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000234359.html

※映像終盤に取材に応える広報が登場。

引用元 テレ朝 news  2021/11/06 17:50

 

事件概要

東京メトロ東西線で千枚通しのような工具を示す 容疑の男性確保

6日午前8時45分ごろ、東京メトロ東西線の駅員から「電車内に刃物を持った男がいる」と110番があった。警視庁深川署によると、乗客の50代男性が門前仲町駅(東京都江東区)付近を走行中の車内で、男女に千枚通しのような工具を示したという。同署は男性の身柄を確保し、暴力行為等処罰法違反容疑で事情を聴いている。けが人はいなかった。https://mainichi.jp/articles/20211106/k00/00m/040/112000c

記事引用 毎日新聞 2021/11/6 12:48(最終更新 11/6 21:05)

 

 

本件は、京王線車内で同種の事件が発生した直後とあって、電車内の安全性について乗客からの関心が高まっていたという背景がある。そうした中で、東京メトロの広報担当は現場に出向いて、顔を出してメディアの取材に応じたのである。

 

この時点で広報として発信すべきメッセージは

事件状況・経緯

(事件発生を覚知してから、直ちに自社として適切な対応を行ったこと)

顧客に安心して乗車してもらう取り組みや、万が一の際の安全策

(未然防止策)

の2点であった。

 

①については、同社広報は整理して、一報を受けた時点から時系列に沿って適切に情報をメディアに開示していたと思われる。

加えて今回のケースで視点として求められたのはである

 

日常、当該路線を利用している乗降客(もしくは乗降客の家族・親族など間接的な利用者も含む)は、「明日はわが身に降りかからないか」と、ともすれば当事者(被害者)となりうる状況への不安を抱いている。

 

そうした中で、引用したテレ朝newsの報道では、鉄道アナリストが、こうした緊急事態があった際に車内のSOSボタンを押すことなど、乗客の取るべき具体的なアクションについてコメントし、その後に東京メトロ広報が引用した「警備強化についてはすでに進めている」というメッセージを報じている。

 

広報が現場に出向いて積極的に取材対応をしたのであるから、東京メトロとして具体的にどのような取り組みを行っているか、広報担当は具体的に説明したとみられるが、テレビ(映像取材)は最も端的な個所だけを切り取って報じた可能性も高い。

 

 

現場で広報担当が取材に応じる大切さ

 

上記のような危機事案の発生に臨んで、当事者企業が取りうる行動としては、以下の2つの選択肢があるだろう。

A.広報担当が、自身の顔と氏名を出して、直接語りかける(今回のケース)

B.本社広報室が、コメントを記載したペーパーを出すだけにとどめるなど、「顔の見えない」取材対応のみで済ませる

 

どちらの方がより誠実かつ適切に取り組んでいる印象を与えるかと考えれば、当然、東京メトロの行ったAのケースであると思われる。

 

無論、「何事においても必ず現場に出向いてメディア対応を行え」というのではない。案件には必ず個別事情が不随するため、あくまでケースバイケースというのが大原則である。しかも、安全が確認されたうえで現場に出向くべきであり、新たな危機を冒してまで現場に出向いてはならない。

また、人的リソースという面では、企業によっては、現地に派遣するほどの要員が確保されていない、といった事情もあるかもしれない。

しかしそこは、自社の置かれている状況や社会的背景(直近に起きた同業他社の事件事故、社会的関心の度合い)を踏まえ、可能な限り、会社として現場に出向き、積極的にメディアの取材に応じ、顧客やステークホルダーに伝えるべきメッセージを発信することを優先すべきは言うまでもない。

加えて、その際には事案の当事者や顧客、ステークホルダーとは無関係な「社内事情/社内政治」を極力、排除することも重要である(実際、この点が足枷となり事態を悪化させるケースも少なくない)。

 

以上みてきたように、本社広報室のイスに座っているだけでは上がってこない情報も、現場に出向く、もしくは可能な限り近づくことで、多少は得やすくなると考え、積極的に情報を取りに行く、そして現場で取材している記者と同じ目線で情報開示する姿勢を持つことが重要である。

突発的事象が発生した際、自らメディアの前に進み出てきちんと対応する広報担当者には、メディアおよびその向こう側にいる視聴者・国民から一定の敬意が払われるものであり、それは原因企業にとっても決して悪いことではないからである。

 

(文中の意見にわたる部分は筆者の個人的見解である)

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