2025年2月13日 12:00
PRの特殊領域である「選挙」ですが、本当のプロは選挙と政治活動を明確に峻別するためトラブルにはなりません
東京都議選や参議院選を控えてお問い合わせが増えていますので、リスク管理上のポイントをお伝えします
前回実施された兵庫県知事選挙を巡り、地元のピーアール会社が選挙期間中に候補者側(陣営)から対価を得ることを約定して(業務として)、選挙運動のPR企画やSNSの運用などの役務を提供した「公職選挙法違反」の疑いが取り沙汰されています。
確かに、何の予備知識もなしにこのニュースだけをみると、「選挙運動にPR会社が関与するのは当たり前では?」と思われがちなのですが、日本の法律はそのようにはなっていません。
一見するとそこに「政治とPRの関係」の難しさがあると思われるわけですが、実際は何も難しいことはありません。
この問題を的確に捉えるには「政治活動」と「選挙運動」とを峻別すること。これに尽きるのです。
「政治活動」と「選挙運動」、この2つは似て非なるものであり、両者を混同すると、知らず知らずのうちに違法行為に染手することになりかねないため、少なくともピーアールや選挙、あるいは政治活動に携わる者は、必ず明確に識別できなければなりません。
ごく簡単にいえば、
(1)政治活動は、政治団体(政党・政治家など)がその主張を訴求する等の活動のこと(ただし、「選挙運動期間」を除く)
(2)選挙運動は、公職選挙の告示(公示)の日から投票日前日までの期間に行われるもので、特定の候補者(または政党)を当選させよう(得票させよう)とする運動のこと
ということになります。
つまり、いわゆる「選挙中」ではない、「普段の時期」に行われる政治キャンペーンというのは、上記(1)の政治活動に該当します。
政治活動は自己の政治的主張を多くの人に訴えることがベースにあり、憲法で保障された言論の自由や集会結社の自由に裏打ちされた権利ですので、当事者たちが常識的に振る舞う限り、規制は殆どありません(例えば、規制を超える大音量でスピーカー越しの演説を行えば当然、騒音防止の法令により罰せられることはあり得ます)。
因みに、「普段の政治活動」においては、広報予算に対する上限規制などもありませんので、仮に資金力がある政治団体であれば、豊富な資金を投じて広告を掲載したり、ポスターを印刷して掲出したり、動画を作成してネット上で主張を展開したり、場合によってはテレビCMを制作・放映するといった、多種多様な政治活動を存分に実施できる可能性があります。
もちろん、当該政治団体の趣旨に賛同する人たちが資金のカンパを行ったり、ボランティアとなり無償で活動に従事(役務提供)するなどして協力することも、政治資金収支報告書に適切に記載するのであれば、何ら問題ありません。
いずれにしても、政治団体が行う「政治活動」に係る規制は、「政治資金規正法」に則って、毎年の収支をきちんと選挙管理委員会に報告すること(政治資金収支報告書の提出)でよいのですから、ここではあまり問題は起こりません。ただし、政治活動期間は選挙運動期間ではありませんので、告示(公示)もされていないのに選挙運動(選挙の特定・選挙区の特定・投票依頼行為)を行うと、違法な事前運動(公職選挙法違反)に該当する可能性がありますので、この点には留意が必要です。
例えば、選挙には直接絡まなくても、「北方領土の早期返還を実現せよ」とか「外国人に参政権を与えよ」、「原発の再稼働を阻止せよ」などの主張を行いその運動を政治的に推進する団体は、それぞれの主張を一年中、自由に展開することが認められており(何らかの「選挙」期間と被らない限り)、上述の通り、政治資金の収支を正確に申告し、常識を踏まえて運動していれば法的には何の問題もありません。
他方で問題となるのは、「選挙」すなわち「公職選挙」が絡む場合です。
「選挙運動期間」は、上述の「政治活動期間」とは全く異なる、特別な期間と位置付けられているからです。
すなわち、選挙は全ての候補者が同じ競争条件の下で競うことが、平等の原則に照らし重要となりますので、選挙資金の多寡によって選挙運動上の有利・不利が生ずることがないよう、選挙資金の使途については厳格な定めがあり、これを逸脱することは許されないのです。
こうしたことから、公職選挙法では、競争条件の平衡化を図るために例えば
・選挙活動に使える資金の上限
・選挙運動期間中に対価を支払ってよい要員(事務員、運転手、車上運動員)の人数及び人件費
・配付する政策ビラの枚数
・選挙運動を行う際の、具体的な態様について(例:演説を行う場合のルール)
といった諸点について、どの候補者陣営にも一律の規制をかけることで、選挙運動を実施するうえでの資金面・装備面からの平等を担保しています。
したがって、大勢の人手を必要とする選挙運動を適切に展開するためには、「お金」以外の要素で人々を動員する必要がありますので、「選挙運動は基本的にボランティア・ベースでなければ成り立たない」ということになります。
もしも、こうした規制がないと、資金力のある候補者が湯水のように選挙資金を投じて、大量の運動員を雇ったり、派手なキャンペーンを展開したりすることが許されることとなり、まさに「金権選挙」となってしまうのは必定でしょう。
前回の兵庫県知事選挙で問題となったのは、まさにこの点なのです。
選挙運動期間中は、そもそもPRプロを雇って選挙運動に参画させるなど、あってはならない(公選法上どこにもそのような人間を雇って良いとは書かれていない)のですが、実際の選挙戦では、PR会社の女性社長が自ら選挙カーの上に登って候補者の動画撮影を行うといった、驚くべき行動に出たほか、自身のSNSなどで、「この選挙運動の企画・運営に従事した」旨の書き込みを行うなど、プロならば当然に熟知しているはずの公職選挙法に違反している疑いを招きかねない言動が少なからず指摘される、といった事態になりました。
ここで登場するのは、「PR会社の人たちであれ、彼らがボランティアで選挙運動に参加していたのであれば、他のボランティア(支持者)と扱いは同じはず。問題ないだろう」という主張です。
確かに、選挙運動は、上記の理由から、「基本的に無報酬(ボランティア)の支持者の役務提供により成り立つ」というのは正しい理解です。
しかし、「PR業務を生業としている人」が、ボランティアで役務提供した場合は、純粋に個人が本業を休んで選挙に参画している場合を除き、何らかの会社の指示や示唆に基づいて選挙運動に従事している(させられている)とみられがちなのはやむを得ないことでしょう。
そうなると、「これは単なるボランティア」という主張は苦しいものとなり、やはり仕事の一環として選挙運動に参加していると見做され、「本来得られるであろうの対価(人件費等)の分だけ、候補者(陣営)に寄付した」と見做される可能性が生ずるのです。
そうなれば、寄付を行った者が当該PR会社(法人)である蓋然性が高いことから、法令が禁じている企業団体献金に該当してしまう可能性が否定し辛い状況になります。
つまり、
選挙運動それ自体にPR会社(法人)が関わる場合には、
・対価を得ている(有償)場合においては、公職選挙法違反(公選法における規定外の支出)のおそれ
・対価を得ていない(無償)場合においては、従業員等を派遣して役務提供させたことによる、企業団体献金(政治資金規正法違反)のおそれ
※有給休暇を取得して選挙を手伝うケースであっても、人件費をPR会社が負担していることに変わりがないので違法である可能性は不変
のいずれかに該当する可能性が出てくることから、「どちらにせよ違法」という結論になる可能性があります。
こうした事情から、当事者は弁明が困難であるために雲隠れを余儀なくされたかもしれず、これが騒動を大きくさせる要因となっている可能性があります。
このように、政治活動と選挙運動とを明確に峻別していればそもそもこのような騒動にはならなかったことは自明であり、PRのプロにあるまじき、極めて初歩的な知識不足により生じたトラブルとの批判を免れないでしょう。
以上から、政治活動やその中の特殊事案である公職選挙への準備活動に関連して、PR会社の支援を求める場合は、このような政治・選挙関連法令に通暁した者で構成される、信頼のおける組織を選定することが重要であることをご理解いただけたものと思います。
なお、私どもPR総研は、豊富な知見に基づき、いつ何時であれ、「適法・適正な政治・選挙」を追求し、クライアントの課題解決に努めています。
過去において、上述の事由により、「選挙運動」に関与したことはまったくありませんが、「政治活動」のサポート(政党・政治団体・政策集団・地域政党・立候補予定者等)においては、多数の実績を有しています。
※ 文中、意見にわたる部分は筆者の個人的見解であり、所属組織等とは無関係です