2020年6月3日 23:00
脱税企業の「持続可能性」確保に向けたリスク管理広報: 「鬼滅の刃」制作会社がなすべきリスクマネジメントは何だったのか?
PR総研所長 池田健三郎のコラム SDGsと経済(6)
2020年6月3日付の報道各社のニュースによると、法人税など計約1億3900万円を脱税したとして、東京国税局が、大ヒットアニメ「鬼滅の刃」などを手掛けるアニメ制作会社と同社社長を、法人税法違反や消費税法違反の疑いで東京地検に告発したことが明らかになり、社会に衝撃が走りました。
この会社は、東京・大阪はじめ全国でアニメ・キャラクターを売りにした飲食店を展開、社長は都内など一部店舗の売上金の3割ほどを定期的に抜いて、自宅金庫に保管。売上金を減額するなど帳簿を改ざんし、15、17~18年分の所得計約4億4600万円を隠し、法人税約1億1000万円と消費税約2900万円を脱税したとされ、事業資金に充てていた由。
これはよくある「見解の相違」に起因した税額計算を巡る「トラブル」とは違い、企業トップが直接絡んでの「意図的・計画的な脱税」です。よって、会社のガバナンス体制に加え経営者自身のコンプライアンス意識という2つの視点から、まさに「ぐうの音も出ない」悪質な事案と見做されるだけに、ビジネスにもたらす悪影響は計り知れません。
とくにアニメ制作は、内外の多くのファン(個人)の支持により成り立っているビジネスですから、今回のような事案は、アニメ作品自体の素晴らしさや、それを陰に陽に支える関係者の努力とはまったく別の次元ながらも本家本元のところで、そのブランドイメージを大きく棄損する企業行動が勃発した構造です。作品自体には何らの罪科がないだけに、これがファンへの裏切りとなり失望を招いている点はまことに罪深いとの声が噴出することも理解できます。
加えて、現下のコロナ禍下にあっては、多くの企業・個人が持続可能性を喪失し、塗炭の苦しみを味わっている方々も少なくないだけに、このタイミングでの「巨額の利益を得ている企業及び経営者による計画的な脱税」は作品のファンであるか否かを問わず消費者感情を逆撫でし、怨嗟の的となりかねないものであることは論を俟たないでしょう。これは、ひとつ対応を間違えれば、事業継続すら不可能となりかねない事態です。
さて本件に関し、当該企業としては、以下のような「お詫びの文章」をウェブサイトに掲載しました(2020年6月3日午後閲覧)。http://www.ufotable.com/20200603.html
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【東京国税局による告発について】
今般、法人税法等違反の疑いにより、弊社及び弊社代表が、東京国税局から告発を受けました。弊社作品を応援いただいておりますファンの皆さまをはじめ、関係者にご心配、ご迷惑をおかけすることについて誠に申し訳なく、心よりお詫び申し上げます。
なお、国税当局の指導に従って、平成27年8月期(2014年9月~2015年8月)、同29年8月期(2016年9月~2017年8月)及び同30年8月期(2017年9月~2018年8月)の3期について修正申告を行い、全額納税いたしました。
本件を契機として、持続可能なより良い作品づくりに向けた制作環境の整備に向け、法令を遵守し、経営の適正化に努めて参ります。
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この文章の問題点を危機管理広報の側面から端的に3つ指摘すれば以下の通りです。
以上から、上記の「お詫び文章」は「掲載しないよりはましだが、内容から真摯な反省と再発防止への決意が読み取れない」という残念なものとなっており、危機管理上の効果は限定的です。
当然のことながら、社会的影響力のある企業ですから、弁護士の助言を得たうえで、慎重に上記の文章が作成されたことは想像に難くありません。
しかし、一般的に弁護士の意見だけを鵜呑みにした、「法的にそつのない文章」を掲載するだけでは、危機管理広報としてはまったく不十分だということは、渦中にいるとなかなか気付かない落とし穴だといえましょう。
民間企業は役所ではないのですから、「法的に突っ込まれない最小限の対応でよかろう」というのでは、あまりに視野が狭く、明らかにリスク感覚が欠如しているというほかありません。
たしかに、法的に足元を掬われない内容を速やかに対外公表することは、「最低限のリスク管理」として求められる要素には違いありません。
ですが、「どのような想定読者に対し、いかなる効果を想定して、どのようなメッセージを発すべきか」という明確な戦略設定がないと、思わぬリスクを惹起しかねないのです。
なぜならば、脱税という極めて反社会性の強い問題を起こした企業の危機管理は、相当強いダメージを負ったマイナス・ポジションからのスタートとなるからで、深く落ち込んだ企業イメージを、ここから平常レベルまで復活させるだけでも大変な労苦を要することは間違いないからです。
では、本来ならば、この「お詫び文章」により、上述の通り「どのような想定読者に対し、いかなる効果を想定して、どのようなメッセージを発すべきか」を改めて考えてみましょう。
筆者としては、一般的な4点を以下に指摘しておきたいと思います。
さらに付言すれば、【従業員に対して】の経営者からの発信(これは必ずしもウェブサイト経由ではなく、内部的なものとなります)も重要なポイントでしょう。これまで人気アニメの制作会社に所属している人々の誇りや自負心が、本事案の発生により相当程度剥落し、勤労意欲や帰属意識の低下を招くことは必至であることから、これを緩和する社内的なケアなしには持続可能性は確保しえないでしょう。
以上をふまえ、今後、当該企業がどのようなリスク管理を行って存続を図っていくのかに注目しており、注意深く見守っていきたいと思います。そして、本事案が今後のわが国企業のリスク・マネジメントの高度化に資するケースとなれば幸いであると考えています。
※文中の意見にわたる部分については、筆者の私見であり、所属・経営もしくは関与する組織のものではありません。
(注1)同社ウェブサイトには主要取引先一覧が掲出されていますが、特に上場企業の場合は、コンプライアンス方針に照らし取引関係停止の可能性もあります。http://www.ufotable.com/profile/customers.html(2020年6月3日午後閲覧)