2024年10月18日 12:50
トップの不祥事は企業にとって最大のリスク
企業・団体にとって、最大のリスクのひとつはトップ・マネジメントに関するネガティブニュースである。業務に関わる不祥事があれば、トップが記者会見を開いてお詫びや説明、さらには責任の取り方についての表明をするのは当然であるが、企業と本人はどのような社会的説明を行うべきなのか…
PR総研 主任研究員
共同ピーアール株式会社 危機管理コンサルティンググループ長
磯貝聡
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企業・団体にとって、最大のリスクのひとつはトップ・マネジメント(会長、社長、取締役)に関するネガティブニュースである。業務に関わる不祥事があれば、トップが記者会見を開いてお詫びや説明、さらには責任の取り方についての表明をするのは当然である。しかしながら、業務外の私生活で起きた問題に関しても、メディアから追いかけ回され報道される、といったことは上場企業のトップが公人に準ずる存在であることを踏まえつつも、当人からすれば「勘弁して欲しい」と思うのも無理はない。
しかし実際のところ、こうした本音を声に出すことは到底許容されない。特に上場企業のトップであれば、顧客や従業員はもとより、株価や営業活動への悪影響も懸念され、場合によってはM&Aなどの帰趨をも左右しかねず、株主(投資家)など多くのステークホルダーに多大な迷惑が及ぶ恐れもある。そうした影響を考えれば、やはり上場企業のトップは大きな社会的責任を負う存在として、多くのメディアから注目が集まり、報道される対象であることに変わりはない。
本稿では、そうしたトップが私生活の中で起こした問題について、何を端緒にメディアが報道を行い、企業と本人はどのような社会的説明を行うべきなのか、実際の事例を基に考えてみたいと思う。
なお、題材としては、実際にメディア報道や企業リリースが出ている過去事例をとりあげ、発生した問題自体の評価を行うものではなく、同種の事案が起きた際にどのような推移でメディア報道が行われ、社会的にどのように説明を行うかという観点を中心に整理・分析をしてみたい。
なお、議論が分かれると思われる辞任という判断の是非そのものについては、本稿では議論を行わない。本人、企業としてのそうした責任の取り方を尊重したうえでの報道対応上の分析、整理を行った。
ドラッグストア最大手のウエルシアホールディングスは、代表取締役社長(当時)が2024年4月17日付で辞任したと発表した。原因は不倫関係が確認されたということである。ウエルシアホールディングスは16日に同社長に辞任を勧告し、本人からの辞任届を受理して、17日付で社長を辞任した。ウエルシアHDの親会社であるイオンでも執行役ヘルス&ウエルネス担当を兼任していたが、同17日に解任。週刊誌からの取材で本件が発覚した。
発覚までの経緯と会社の対応について、報道内容と同社の適時開示を基に筆者が整理をすると下記のようになる。
表から分かるように、会社として週刊誌からの問い合わせを受けて事案を覚知してすぐに、本人に事実確認を行い、その上で同社は社会的影響を「私生活において不適正な行為があり弊社の信用を傷つけるものである」と判断、週刊誌の発売前に本人に辞任を勧告し適時開示を行った。会社が事案を覚知してから適時開示まで僅か3日間であった。
改めて経緯を概括すれば以下の通りである。
①週刊誌の突撃取材⇒本人認める
②会社の知れるところとなり本人に辞任を勧告し、本人が辞任届を会社に提出
③上場企業のため適示開示を実施 「代表取締役及び取締役の異動(辞任)に関するお知らせ」
④適示開示を受けて報道各社が社長辞任についてwebニュースを配信。
⑤週刊誌のネット版も適時開示と同日報道
さらに適時開示後から開始された報道の推移を整理すると下記のようになる。
上場企業トップに係る事案であることからブルームバーグや共同、時事などが速報を行ったほか、日経や産経などは、「不倫による辞任」といった単一の企業内不祥事としての側面だけでなく、「経営統合への影響について」といったドラッグストア業界全体への影響についても同日中に報道した。
この報道の含意のひとつは、「経営トップの不倫が、業界全体に影響を及ぼしかねない」ことを知らしめたということであろう。すなわち、適時開示を受けた辞任の速報⇒ゴシップ報道⇒経営統合による影響(業界再編関連)と多面的な記事展開を通じ、「上場企業トップマネジメントの不倫はワイドショーやゴシップ系の報道だけでは済まない」ことを示唆しているのである。
上記を踏まえて筆者は、以下の2点から評価を行った。
繰り返しになるが筆者としては、辞任そのものの是非に係る判断は難しいが、週刊誌の指摘を受けて事実を認め、「ゴシップ的な」報道を早期に終結させるという点においては、極めて賢明な判断を行ったと考える。
A.本人コメント(※週刊新潮突撃取材の際の回答)
「善管注意義務違反であり、身を退かざるを得ない」と回答
分量:週刊誌のページ半分ほどの分量で胸の内を掲載
要旨:当初は「友人関係である」と言って不倫を否定したが、証拠(写真)の提示を受けて記者の指摘を認める
評価:反論や週刊誌への法的措置を取るなどせず、事実を率直に認め、責任を感じて退任に言及
ドロ沼(ゴシップの更なる追及)を避ける賢明な判断
以上の回答内容から、率直な反省態度と誠実さを感じさせる効果を出すことができたものと判断される。
「きわめて重大な問題と認識しており、事実関係について調査結果に基づき、厳格に対応していきたいと考えております」
評価:
週刊誌からの問い合わせを受けた、適時開示前のコメントである
週刊誌に回答した時点では、のちに会社が適示開示のなかで表明した「辞任勧告」や「不適正な行為があり弊社の信用を傷つける」等の文言はこの時点ではみられない
適時開示前の週刊誌へのコメントでは、「重大な問題」とする程度の回答にとどめている
要旨:
会社が社長に辞任を勧告。これに基づき本人からの辞任届が提出されて受理した
お詫び
「このような事態が発生したことは誠に遺憾であり、関係者の皆さまに深くお詫び申し上げます」
異動(辞任)の理由
「私生活において不適正な行為があり弊社の信用を傷つけるものであると判断したため」
以上のように、報道(週刊誌)側から確たる証拠を突き付けられた場合においては、裁判所での長期係争に持ち込むという選択肢をとることなく、企業ブランドを守るために潔く指摘内容を認め、論争に持ち込まないといった判断が肝要である。
すべての企業が、本件のウエルシアホールディングスのトップのような冷静な判断ができるとは限らない。むしろ、感情的になって「週刊誌を訴える!」などとドロ沼化させる事例もみられるが、多くの場合は、企業経営における持続可能性に寄与する効果は出ていないと理解すべきである。
仮に、数年越しの裁判を経て週刊誌に勝訴した場合においても、判決が確定した時点では、既に世間では当該事案など忘却の彼方にあるのが実態である。その間に世間の「誤解」に基づいて喪失してしまった企業への信認や売上、企業風土を嫌気して去っていった優秀な社員などは、もはや取り戻すことができないのである。
無論、本件の責任の取り方として、辞任が最適解であったか否かは、報道ベースの情報しか得られない者には判断が難しい。
とはいえ同社は、多くの女性顧客を擁するドラッグストアという業態であり、トップの不倫という事実を前に曖昧な対応をとることによるネガティブ・インパクトは多業態と比較して決して少なくないと想定される。その最高責任者である立場を踏まえて、辞任という責任の取り方を選択したのであれば、自社の社会的立場を熟慮した末の決断であったといえよう。
ガバナンスおよびコンプライアンスにかつてない厳しい目が注がれる今日の企業経営においては、当人を「あくまで守り切る」と決めた場合の「あらゆるリスクを甘受」するコストが余りに高すぎるのである。
(以上)
文中の意見にわたる部分は、筆者の個人的見解であり、所属組織等を代表するものではない。