2024年7月23日 12:00
あなたの手元にあるマニュアルは、いざという時に本当に役に立つだろうか?
苦労して作成された危機管理広報マニュアルは、ロッカーの奥や組織内の共有フォルダーの深い階層に眠らせておいてはいけない。マニュアルはあくまで「手順書」であるから、完成した瞬間から劣化が始まる。このため、マニュアルが完成し運用が始まったその瞬間から、本格的な危機管理がスタートするといえる。
PR総研 主任研究員
共同ピーアール株式会社 危機管理コンサルティンググループ長
磯貝聡
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当総研の危機管理担当者のもとには、様々な企業の広報担当者から「時間をかけず、どの企業でも使っている汎用版マニュアルを提供して欲しい」といった依頼がたびたび舞い込む。
一口にマニュアルといっても、実際には様々なレベルのものがあり、「取り敢えず形式上、何かあれば良い」というレベルであれば(それでは実際には全く危機管理にならないが)、世間では「危機管理広報マニュアルの作り方」の書籍も多数販売されており、ネット上にも関連情報は多数あるため、上場企業であっても、それらを寄せ集めて作成している事例も散見されるのが実態である。
しかしながら、「本質的な危機管理広報」を考える場合においては、危機管理広報のエキスパートは、「まずは当該企業に対するヒアリング等を実施し実態を把握しなければ、危機管理広報のスタートラインに立つことすらできない」と考えるのが常道である。
当然ながら、危機に対する考え方や危機への対処方法は、企業ごとに異なり千差万別であるため、危機管理広報マニュアル(以下、「マニュアル」と略記)の作成に取り掛かる際には、ヒアリングはもとより、企業の規程、組織図、過去の事案に係る資料などを読み込んだうえで、当該企業にとって実戦的なマニュアルとするための慎重な検討が欠かせない。
したがって、クライアントの広報担当はもちろん、必要であれば広報担当以外の部署や、経営層との打ち合わせも必要となる。それゆえ、内容の充実を目指し長期間の取り組みを要することもあるが、クライアント企業側が相応の「下準備」をして臨んでいる場合には、マニュアル完成までに要する期間を短縮することも可能であり、これはクライアント企業にとってメリットが大きい。
そこで本稿では、本質的な危機管理広報活動に役立つ、実戦的なマニュアルを作成・運用する際のポイントについて、実例を踏まえまとめてみた。
はじめに定義を再確認しておくと、「危機管理広報マニュアル」とは、自社の危機発生時に、社内の情報連絡体制や報道関係者及び自社のステークホルダーへの対応について取りまとめたものである。
仮に現状、マニュアルを備えておらず、これから作成しようとする場合においては、下記の3要素を柱に据えて内容を検討することが妥当であろう。
※ちなみに、危機そのものの対処(火を消す、実際の被害拡大を食い止める、避難する)といった「危機管理マニュアル」は別の資料をご参照いただきたい。
以下は、当研究所の汎用的なマニュアルから要素を抜粋したものである。
Ⅰ.危機管理広報の基本的な考え方・・・基準
・基本理念と危機発生時の行動規範
・リスク評価表(リスクの一覧とレベル分け)
Ⅱ.緊急事態発生時の広報対応・・・手順(開示までの体制)
・緊急事態発生時の広報対策チーム体制
・対応のエスカレーションフロー
・ポジションペーパーの作成
Ⅲ.発表方法について・・・手順(開示手法)
・リリース、入電対応、会見、SNSおよび発表後の対応
上記の通り、構成要素は大まかにみて、危機発生時における「基準(ルール)」と「手順」の2つである。
このうち「手順」は、「開示までの体制について」と、「体制整備後における具体的な対応方法」とに分けられる。したがってマニュアルは、これら3要素を骨格に構成されると捉えるのが一般的であろう。
無論、企業によっては、上記の3要素に加え、読み物的な「コラム」や「自社の過去事例」などを追加的に盛り込んで、より使いやすく、読みやすいものを目指すといった工夫を行う事例もある。
なお、マニュアルのデータ形式としては、
・ワードファイル
・図表がメインとなる場合はパワーポイント
・チェックリスト(todoリスト)をメインで作成する場合はエクセル
などで作成する場合も多い。
では、マニュアルが「使える」、すなわち実戦的であるポイントは何か。
その答えは、内容面もさることながら、「分かりやすく、経験の浅い担当者が難なく使用できるか」である。すなわち内容面では、「マニュアルが組織の実状に整合していること」が求められ、そのためには「初版作成時において企業の実情がくまなく反映されている」ことに加え、日常的なレビューにより内容が常にアップデートされ最新化されていなければならない。
他方で、形式面での「分かりやすさ」については、マニュアル編集上の工夫が必要となる。
以下では、「分かりやすく、経験の浅い担当者が難なく使用できる」マニュアルづくりを目指す場合のポイントについて、形式面を含め具体的にみていくことにする。
①必要な情報がマニュアル内のどこにあるか参照しやすい
実例とポイント
②担当者の行動を想定して具体的に記載する
実例とポイント
【例外的なケース】
広報部門の役割や権限が限定的で、「必要最低限のマニュアルにせざるを得ない」といった企業も少なくない。そうした企業においては、「事案発生時は『原因部署まかせ』にして、広報は社内から提供された情報のみを開示する(HP掲載等)」といったものや、「メディア対応は外部のPRエージェンシーに一任」という決まりにしているケースもある。
確かに、これらの方針も、「マニュアルが組織の実状に整合している」現れであろうが、有事において、果たしてそれで「役職員・株主・顧客・地元などのステークホルダー及び世間の教官や納得が獲得できるか」、「究極的に組織の持続可能性が担保できるか」については、外部の視点を入れた慎重な検討を行い、原因部署となりうる組織の当事者など広範な要員を含めトレーニングを実施して効果や課題を検証しておく必要があろう。
③ちらっと見ただけで、そのページに何が書いてあるか分かる
マニュアルゆえに、ある程度文章が多くなるのはやむを得ないものの、さりとて、無味乾燥な規定集のようになると、ともすれば「誰にも読まれず、活用されにくいもの」となりかねない。そうした事態を避けるため、一瞥しただけでそのページに何が書いてあるかが理解でき、直ちに次の行動がとれるようガイドする表記上の工夫が必要。
実例とポイント
④定期的に更新を行う
マニュアルは「一度作ってお終い」ではない。年度単位はもとより、必要に応じ半年、四半期単位で、または何か大きな出来事があった際などに定期的にマニュアルのレビューとアップデートを行い、「常に最新状態を保つ」ことが重要。そのためにはまず、社内にマニュアルの存在をくまなく周知し、認知を得ておく必要がある(正社員だけでなく、非正規雇用や業務委託先、出向者、駐在者など周知範囲を幅広く設定し、抜け漏れを回避することが重要)。
実例とポイント
前述の通り、マニュアル作成開始前に、危機管理広報体制の現状把握のため、必ずヒアリングを実施するが、これはマニュアルを真に役立つ実戦的なものとするために絶対に欠かせない行程である。
その一例を以下に紹介する。
マニュアル作成時のヒアリング項目(あくまで一例)
以下のようなヒアリングシートも補助的に活用しつつ、対面で様々な役職者にヒアリングを行って情報収集することがマニュアルの充実には不可欠の作業となる。
【ヒアリングシート】
苦労して作成されたマニュアルは、ロッカーの奥や組織内の共有フォルダーの深い階層に眠らせておいてはいけない。マニュアルはあくまで実戦用の「手順書」であるから、完成した瞬間から劣化が始まる。このため、マニュアルが完成し運用が始まったその瞬間から、本格的な危機管理がスタートするといえる。
本当に実戦的で役立つマニュアルとするには、その鮮度を保つことが不可欠であり、ビジネスを取り巻く環境が目まぐるしく変貌する中にあって、マニュアル内容に不備や不適合箇所はないか、日ごろからのレビューと修正・更新作業が行われなければならない。
それとともに、マニュアルに記載内容に基づく危機管理広報体制を根付かせるためには、平時における「実践訓練」(例えば、不祥事発生時における謝罪会見トレーニング、社長交代時記者会見トレーニング、広報担当者内のメディア対応訓練、クライシスコミュニケーションの検討を中心とした対策本部訓練等)もまた欠かせない。
この2点がしっかりと反復継続して実施されることにより、組織の危機管理水準を維持・発展させることが可能となり、ステークホルダーの信認確保に資するものとなる。
以上、述べたようなポイントを念頭に、十分なリソースを投入して時間をかけて取り組むことができれば、必ずしも外部専門家に手を借りずとも、自社において相当程度有用な危機管理広報マニュアルを作成し、運用することは全く不可能とは言い切れない。もっとも、マニュアルを踏まえた実戦さながらの「訓練」は、組織外部の視点が不可欠となるだけに、やはり自社リソースのみでは難しいケースが殆どであろう。
いずれにせよ、必要に応じ、外部専門家が持つノウハウも適切に活用しながら、効率的にマニュアルの整備をすすめ、その適切な運用を図っていくことが良いのではないだろうか。
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