2021年4月16日 12:00
PR総研所長 池田健三郎のコラム SDGsと経済(11)
法的に正しいことさえすれば、企業の危機管理は足りるのか? 答えは「NO」です。 法的に正しいことをしていても、人間の心は常に正しいものを正しいとしてポジティブに受け入れてくれるとは限らないからです。 結果的に、「裁判には勝った。しかし会社はボロボロになった」では危機管理とはいえません。
当たり前のことですが、昨今の危機管理に関連する報道をみていると、「法的に正しいこと」と「世間が納得すること」との狭間というものをどうしても意識せざるを得ない状況です。
例えば、「メガバンクのシステムダウンによる一般消費者の大混乱」、「メッセージアプリ利用者の通信内容を中国当局が査閲可能な状態になっていた件」、「原子力発電所における安全対策用什器の不備」など、国民の理解なしには真の問題解決とならない、企業の不祥事例は枚挙に暇がありません。
仮に、ある企業に不祥事が発生し、これを世間に公表しなければならない場合、「法的に正しいこと」と「世間が納得すること」(換言すれば「人間の心を動かすこと」)が両立することがベストですが、少なくない割合で両者がトレードオフの関係になることがあります。その際、どちらにウェイトを置いて事態を収拾するかは悩ましい問題です。
無論、前者と後者の比較衡量では「一方が100%で他方は0%」ということはありませんから、実務的にはその狭間に最適解があるわけなのですが、それを早期に導き出すことこそが危機管理の要諦といえましょう。
わが国では、不祥事が起こった場合、明らかに自社(自分)の側に非があるとしても、迂闊にそれを認めて謝罪するわけにはいきませんが、非を一定程度は認め関係者に謝罪をしつつも、訴訟を回避し、大袈裟な報道がされないよう対策を施し、企業イメージ・評判の棄損を最小限にとどめることで、業績への悪影響を回避し、自身の持続可能性を確保する。この一連の動作をできるだけスピーディにこなせるのが優秀なリスク管理担当者ということになります。
ところが、いくつかの事例に目を凝らすと、いわゆる「立派な会社」になればなるほど、後者よりも前者が優先されがちで、それが裏目に出たケース(法的論争の長期化とそれに伴うマスコミ報道の過熱、世間における忌避感情の惹起)も少なくないように思われます。
法的正当性を追求しがちな傾向は、企業トップや会社のブランドを守るという目的に照らして、あながち間違いとはいえないのですが、現実には多様な選択肢を用意して予め十分に検討することをせず、不祥事の発生とともに「直ちに法律家のもとに駆け込んで、対応を丸投げ」といった事例も少なくないでしょう。
こうしたケースでは、皆が皆ではないにせよ、法律家は、「法的に正しいこと」を最優先と考え、仮に訴訟となった場合でも勝訴ないしは有利な条件で和解できる道を探ろうとするわけですが、これはプロとして当然の思考でしょう。それゆえ、昨今のガバナンスやコンプライアンス強化の風潮とも相俟って、「この手法がベストとは限らない」などと彼らを一概に責めることはできません。
しかし、こうしたアプローチは、危機管理の観点からは必ずしもベストのソリューションとはならず、企業の持続可能性や中長期的視点からのコストやリスク最小化に繋がらない可能性があります。
事実、法的論争に持ち込む前に、最初の段階で自社の非を認めて謝罪し、相応の解決金支払い等で誠意をみせたために、短期間で事態を収束できた事案も少なくないのです。これらは必ずしも法的正当性に拘泥せず、「世間の納得」(人間の心を動かす)を優先させ、世論へのインパクトに対する対策(記者会見等のマスコミ対応など)を適切に講じたことによるリスク管理の成功例といえましょう。
無論、不祥事案への対応に係る「法理論」と「人間の心」との最適バランスを算出する「万能な公式」などはこの世に存在しないので、全てはケース・バイ・ケースとならざるを得ないのですが、少なくとも昨今の事案には、どうも社会的インパクトや持続可能性を軽視した印象を受ける対応が多いように思われます。
いくら法的に正しくとも、世間の納得を得難い解決方法を採ろうとすると、かえって問題を長期化させ、マスコミのネガティブ報道を誘発し、国民の反感を買いやすいだけに、このような過度に法的正当性にウェイトを置いた手法は推奨できません。
長い戦いのすえ裁判に勝っても会社がボロボロになってしまったのでは意味がないのですから、この点は、リスク管理者のマインドの中核にしっかりと据えたうえで事に当たりたいものだと昨今とくに思うところです。
その点において、不祥事案が発生し対応を迫られた企業は、「法律家に何もかもお任せする」という判断をする前に、まずは広報担当や経営企画あるいは総務部署といったセクション構成員のスキルを総動員して、PR政策的な視点を含めたリスク管理のシナリオを描いてみること、これが非常に重要なプロセスになり得るものと考えています。